東京地方裁判所 昭和42年(むのイ)88号 決定 1967年2月21日
主文
本件勾留執行停止の原裁判はこれを取消す。
理由
一、本件準抗告申立の趣旨及び理由は東京地方検察庁検察官吉良慎平作成名義の「準抗告及び裁判の執行停止申立書」記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
二、検察官提出の疎明資料によれば、被疑者が本件勾留請求にかかる罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある。
しかして本件は中野区議会議員で、社会党中野総支部書記長である被疑者が、昭和四二年一月二九日施行の衆議院議員選挙に、東京第四区から立候補した重盛寿治の選挙対策員となり、中野区関係の事務局長として選挙運動に従事し、同候補者への投票依頼等の趣旨の法定外の選挙運動文書作成の報酬として現金を供与したというのであって、被疑者は金員授受の事実を認めてはいるが、必ずしも具体的、特定的でなく、右金員授受の趣旨、現金の出所、さらには共犯関係の有無等についてはいまだ真相が明らかになっているとはいえず、証拠の蒐集保全の必要があるところ、現段階では、被疑者を釈放すれば、関係人との通謀等により、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当の理由がある。
三、そこで勾留の執行停止の当否について考えるに、刑事訴訟法第九五条は適当と認めるときは勾留の執行を停止することができると定めているのみであるが、右の適当と認めるときとは勾留執行停止制度の目的から考えると、勾留の目的を阻害することとなってもなおその執行を停止して釈放すべき緊急或いは切実な必要がある場合をいうと解すべく、例えば被疑者の重病或は急病のため緊急の治療を要するとか、被疑者に回復することのできない、経済的、社会的不利益を生ずるとか、家族の危篤又は死亡等の場合の如く、勾留期間の満了或いは保証金の納付を条件とするところの保釈による釈放を待つことができず、勾留の執行を継続することによって、勾留の目的以上に、被疑者及び家族等に対して、不当な苦痛或は不利益を与えるような場合に勾留の執行を停止するのを適当と解すべきである。
そこでこれを本件についてみるに、原裁判の理由とするところは明示されていないが、一件記録から斟酌すると、主として被疑者が昭和四二年二月一七日に招集された中野区議会臨時会の総務財政委員会に出席するため、というにあるようである。そこで一件記録中の疎明資料をみるに、右臨時会の主たる議案は昭和四一年度一般会計補正予算であり、総務財政委員である被疑者が参与すべき右委員会は二月一八日および同月二〇日から二三日までの間開かれるところ、被疑者の勾留期間は同月二三日までであるから、その期間の満了をまっていては右委員会の審議に加わることのできないことは明らかであり、右の審議に加わることが区議会議員である被疑者にとって重要な事柄であることは否定できない。しかし右の審議に参加ができなかったというだけで、被疑者の政治活動全体に著しい支障を来し、或は回復できない不利益を生ずるとは考えられないのであって本件事犯の性質上なお被疑者の勾留の執行を継続する必要があるものと認められる。
また一件記録中の弁護人山本忠義ら作成の勾留執行停止の上申書によればその他の勾留の執行停止を求める理由としては被疑者が同年四月施行予定の同区議会議員選挙に立候補するための選挙準備のため及び弱視のため勾留中の生活に多大の不便を蒙るためというのであるが、前者の理由は勾留期間満了を待つことができない程重大な事由とは言えないし、後者の理由についても、仮に被疑者に多少の生活上の不便を感じさせるとしても、緊急に治療を要する状態にあるわけではなく、このため勾留が不当な苦痛を与えるという程のものとも認められない。
これを要するに前記二に記載した本件事犯の性質、態様等から必要とされる勾留の執行を敢えて停止して釈放するのを適当と認める理由はないというべく、したがって本件勾留の執行停止をした原裁判は失当であり、本件申立は理由があるから、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条により原裁判を取消すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 高橋幹男 裁判官 福嶋登 吉本俊雄)
<以下省略>